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2014年7月 5日 (土)

「風立ちぬ」は退屈

こんな映画作ってるようじゃ引退するのも仕方ない。はっきり言ってポニョ以下だ。ストーリーのダメさ加減はコクリコ坂と大差ない。ゲド戦記、コクリコ坂、風立ちぬがジブリのワーストスリーだと思う。

おそらく主人公の堀越二郎は宮崎本人の「こうありたかった自分」である。軽井沢に出かけたときの、メガネをかけてチューリップハットをかぶった姿は宮崎本人を髣髴とさせる。もちろん本人とは比べ物にならないほどカッコイイが、宮崎の「理想像」なのであれでいいんだろう。

主人公の声をエヴァンゲリオンの監督である庵野秀明がやっていて、それが下手糞すぎて映画に入り込めなかった、という批判がかなりあるが、そんなことはたいした問題ではない。むしろあの声はあの感情が平板な主人公によく合っている。

一番気に入らないのは「雰囲気だけはそれらしいが脈絡がおかしい」という点だ。夢と現実が入り混じるのはそういう手法として許すとしても、現実部分の筋の通らなさにイライラさせられる。

関東大震災の日の奈緒子との出会い。何で名前も告げずに立ち去ったのに、大学の教室にまで奈緒子が尋ねて来れて、堀越宛に計算尺というピッタリのプレゼントを言伝ることができるのか? 大学が本郷にあるということで東大生だとわかったとしても当時だって東大の学生は多いだろうし第一名前をどうやって知ったんだ? 仮に調べたんだとしたらあのプレゼントを贈った以降に連絡を絶った理由はなんなんだ?

関東大震災当日に学校の図書館の本を運び出しているときにタバコを吸うのも気に入らない。火から救うために運び出しているんじゃないのか? それに、大学の割と空間に余裕のある建物がそうそう火事で焼けるとも思えない。あれを外に出して積んでおくとむしろ火の粉をかぶって燃える可能性が高まるだけじゃないのか? おそらく大変なときに二郎が活躍したというエピソードが欲しくて入れたんだろうが、間違ったことをしているのを見るとイライラする。

どれだけ能力があるのかわからないのに仕事に恵まれてしまう二郎にもイラッとする。もちろん現実の堀越二郎という技術者の能力が高かったというのは事実なんだろうが、映画ではそこまでわかりやすく描かれていないのにとんとん拍子に出世してドイツに出張はするわ帰りに世界一周はさせてもらうわプロジェクトのリーダーは任せられるわ、宮崎にとっては堀越が自分自身なわけだから好きなだけ優遇するんだろうが、その身びいき振りが気に入らない。

試作機が失敗してフラッと軽井沢のリゾートホテルに休暇を過ごしに来られてしまう二郎の贅沢な暮らしぶり、そこで美しい奈緒子に偶然再会できて、自分は特に何もせず流れに任せてたらパラソルは風で飛ばされてくるわタイミングよく雨は降るわで最終的に向こうから言い寄られるという虫の良さ。 食堂で目配せしあったり、まともに会話するのはほぼ初めてなのに、しかも病気なのに、いきなり婚約したりと、二郎=宮崎ということからすると宮崎が自分でやりたかったことを全部いれてみたという、監督による映画の私物化を見せられているようで気分が悪い。まあこれも、プロデューサーの鈴木敏夫が宮崎の趣味で書いていた原作を無理やり映画化したそうだから仕方ないという面もあるが。

その後も主人公の二郎に都合のいいことばかり起こる。サナトリウムで病気療養中の婚約者が急に訪ねてきてその晩に結婚できてしまう、病気だからダメかと思ったら初夜にどうやらSEX出来てしまう、二郎が夜遅くまで仕事していても妻は文句を言わない、妻は死にそうになったら一人で黙って病院に帰っていく、二郎の試作機の試験飛行が上手く行った直後に風が吹いて妻が死んだことをなんとなく感じるだけという、後腐れなし、面倒なし、美しいというよりあっさりしすぎている。こういう二郎の人間味のなさに庵野の声は合っているのだが、二郎自体に魅力が感じられない。

結核なのにキスしまくることに関しても批判があってその通りだと思うが宮崎がそういう美女とキスしたかったんだろう。だからそういう描写を入れたんだろう。

もう一つの不満は多くの識者がこんな映画をかなり褒めていることである。宇多丸、伊集院光、町山智弘、細田守、等々。「宮崎は戦争が嫌いなのに戦闘機は好きだという矛盾を抱えていて、その葛藤がよく出ていて素晴らしい」みたいな批評がされているが映画を味わうのに監督の個人的な事情を知る必要があるのならそんな映画は名作とは言えない。

「わかる人にだけわかればいいと思ってやっている、そういう映画の作り方があってもいい、そのことがユーミンのひこうき雲の歌詞とも合ってる」などという好意的な批評も見たが、昔の宮崎は万人に分かって楽しめて感動も与えられる映画を作っていたんじゃなかったか? それにあの「ひこうき雲」の歌とこの映画は全然合っていないと思う。あれは、二郎が病弱で死んでしまった場合に歌われるべき歌で奈緒子のための歌ではない。

それと、思わせぶりだが何の意味もないことで客の気を引こうという根性も気に入らない。飛行機の効果音を人の口で出したからって何が良いんだ? そんなくだらないことを売りにするなよ。映画の内容と関係ないじゃないか。モネの「パラソルをさす女」を髣髴とさせるシーンも「それが分かってニヤリとする」というより「パクリやがって」と思ってしまう。音がモノラルだからなんだって言うんだ。

「創作者が本当に才能を発揮できるのは10年間だけだ」というセリフも宮崎が自分について語っている言葉なんだろうが、それがどうしたんだ?「その通りでやっぱり宮崎も才能枯れてるわな」と言えばいいのか?それとも「いや宮さんは大天才なのでそんな限界ありませんよ」と言えばいいのか? こういうとこも映画の私物化を感じる。

あと、とってつけたような軽井沢のスパイによる戦争批判。あんなセリフだけで戦争批判もいれたつもりになっているなら安易すぎる。カプローニなんかも本当は旅客機を作りたいみたいなことを言ってるし戦争に反対していたというユンカース博士を出したり軍人の上層部を馬鹿に描くことで反戦になっていると思ってるのかもしれないが、堀越二郎という才能ある技術者が特に葛藤もなく淡々と兵器を開発してしまうという点が恐ろしい。最後にチラッと「みんな死んだ」と淡々と言うのみでは反戦にはならない。多分宮崎駿も今は反戦のポーズを取っているがもし戦争が始まったら特に葛藤もなく戦意高揚のためのアニメを作ってしまいそうな気がする。

最後に、過去の栄光を汚しているのも気に入らない点だ。最初の夢のシーンで出てくる日本の田園風景はとなりのトトロの猫バスを髣髴させるし、最後の場面の多くの飛行機が天に昇っていくシーンは紅の豚の丸パクリだ。過去の自分のシーンで不満だった点を修正したつもりなのかもしれないが、脈絡なくあれを出されると劣化コピーのように見えてしまう。

やはり宮崎駿は年齢相応に衰えていて、整合性のあるストーリーを作る力がなくなってきてるんだろう。特に後半からは退屈で仕方なかった。この映画を自分で見て泣いたというところにも宮崎の衰えは出ていると思う。感覚がズレている。

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